2019年6月1日更新(74号)
翠 蔭 村上 豊
居しことの証明として時じきの寒さを置きて春は逝きたり
若葉・嫩葉待ちこがれゐしにんげんをこよなき彩に包んでおくれ
人ならば愁ひを知らぬ少年か日に照り映えてそよぐ若葉は
若葉径足どり軽くゆくわれと傍目わからず己惚れてゐる
健康によきかと歩む並木路のほしいままなる新緑シャワー
新緑に染まる仕合せケーキ屋に家族の好む洋菓子を買ふ
牡丹褒め花さつき観て贅沢な日にちの中にすっぽり埋まる
牡丹色まさに幾重もそのいろの弁をひろげて花奢る
午前
猟銃といふ語が不意に閃けど撃つものなくて濃き青葉闇
悄然と去る友の肩たたきしが彼の日より濃ゆきあおばの重し
夏
疾風ひと日荒びしあくる朝謝るやうな穏しき朝日
現つ世はまさに七変化紫陽花も顔色なしの梅雨の荒時雨
鳥撃帽目深にかぶり出かくるは街の本屋の文字と逢ふため
漢ひとり俄詩人となりあふぐ梅雨の晴間の濃き夕映えを
新しき水族館を観てみたいあき子詠へあるおこぜが観たい
噴霧薬手にし対きあふ白白木槿いまわたくしは殺し屋なのだ
村夫子醫院ロビーでわれに言ふ「ぬさどごわるいのや」答えず
上下など関係ないが尊大な野人はいやだ 今日も暑いぞ
豊かなある山均されて
団地となり懐ふくらみ住人威張る
米の出来あまりよくないこの土地が山売り売りて俄成金
花鉢をいくつか買ひて朱夏迎ふすこし猾いか怠惰の漢
種子蒔いて育てることを放棄して園芸店に花鉢選ぶ
新しき洋傘あれど出てゆけぬ梅雨明け近きころの土砂降り
朝の空晴れて澄めるも 露ふくむ紺青涼し大き朝顔
群青の母なる海よ掌にとほき潮騒秘めて貝殻
雲の峰耀きて立つ空見上ぐ「風樹の嘆」といふ語を知りて
新聞歌壇に華胥と詠へる一首読み利口になりて寧く午睡す
かの地でも浴衣をきちと着てをらむ妣は盛夏も端整なりき
夏空をよろこびつつもパラソルのひとと挨拶一雨ほしと
軽快な青年が壮丁になるときか青葉の重みおのづと深く
☆村上 豊氏の後記
・歳時記に「緑蔭は翠蔭とも言う」とありましたので詠草の題とました。
・「風樹の嘆」は親が居なくて孝養が出来ないことを・・・・
・「華胥は昼寝でいい夢を見ること」
どちらも詠草に選者が解説をしているのを忘れないように自ら詠んだものです。
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