2009年12月1日更新(39号)
川の白鷺 鈴木 禮子
紅蜀葵陽に向き合ひていさぎよし炎暑の花と己を律す
蝉しぐれ夏も果てむと
間遠なり盛りすぎむとするはかなごと
ふかぶかと日傘に
面はかくしつつ樹蔭の絶えし
道程をゆく
木下さん畑へ出でて瓜を捥ぐ阿波の山なみ
愛しむやうに
望郷といひ一族の棲む
地を恋ふおとぎばなしの
灯影も消えて
胸熱くわれは見てゐる昼ドラマ 池波正太郎の「鬼平ばなし」
応接
間と人のいふなる一室にもう誰も来ずはや二十年
【家族葬】と名付くる
葬儀、時すぎて人間の死も個に還りゆく
毛づくろひに余念なき猫屋上の斜陽を受けて恍惚とせり
耳だけはねむりてをらずキジ猫はクロの気配にすっくと立てり
穏しき日いくつ重ねて秋雨にことしがゴムのやうにちぢまる
桃の肌さながらなりし若妻の皺みてゆふべわれを招くも
ほの白く櫻咲く日の
短歌の会鬼籍のひとの増えて熄みたり
明々と生くるがごとく音たてて流れやまざり秋の加茂川
いつの日も見つつ過ぎしは変らざる山と川のみ 川の白鷺
きららかにビル建ちならび覇を競ひ
昨日といふは靄のやうなり
ひっそりと町屋の隅に祀らるるお地蔵さまに菊はあふれて
水を換へ花をささぐる
町人のおほかたは逝き乾ける祠
祈るとふ斯くつつましき行ひも忘れ果つるか電磁波時代
街並のはづれに小さき
畑のあり世襲の農の意地か青める
畑中の野小屋にひさぐ葱、葉もの調理法など貼りて客待つ
農業を継がぬ子と聞く然り乍ら世界不況の波に戻り来
四明岳に思ひ寄せゐし夫なれば偲ぶ集ひは山に開きし
昭和初年土手脆かりし加茂川に
出水のありて危ぶかりしか
ちちははを偲べばわれは子供にて晴れ着きてゐるさくらの径に
短歌にて詠みつづけゆく履歴なり形のあらぬ思ひいくばく
樟の木の厚らにしげる村はづれ【狸】と
因名の翁住めりき
山路きていのしし親子を見しといふときめき長く秋の夜ばなし
そのむかし一城ありて国をわかち今人の拠るビルといふ城
▲上へ戻る