2009年6月1日更新(37号)
紅薔薇 矢野 房子
〈四照花会〉たった二人が残るのみ歌友と居れば梅が匂ふも
もやもやを騙しだまして日日が過ぎなべて忘れむ越の銘酒に
「名画面の一こま」に見する一言の重み・光もありて眩しむ
「これからは選手の応援にまわります」高橋尚子の笑顔はじける
除夜の鐘の
静寂に不意の夫が声「わしは ほんとに 幸せだった・・・」
「幸せだった・・・」その過去形をどう受けむ一瞬めぐるわれが生き
様
生涯のなべてに自由をくれし夫「幸せだった」は私の言葉
幸せとふ甘さを見せず云へぬ
夫愕きに似て
終の言葉は
この耳に残れるひびき勿体なし終の証を心に記す
叱る人畏るる人なく長らへて鏡の中の笑がくすぶる
寂しいと言はず思はず
吾のままに独り住む生坦坦とあり
独り居を己が希ひし『総子庵』六鉢の赤き葩々あらば
春来ればそろりと棚に雛置き可愛いいと声を貰はむために
三年目を花つなぎ咲くシクラメン濃き紅色の息吹きを放つ
青空の下しだれ桜の群立すゆるりゆるりとこがるる心地に
桜花爛漫しだれ桜の中に居て身近く葩の息吹きに触るる
地に届くばかりの葩は親しくて思はず掬ふ 心揺らして
歳古りてやうやく来る植物園チューリップ赤・黄先づのお目見得
広場には今も変らず小さき子が戯れ走りて吾子と重なる
車椅子を友押しくるる倖にほのぼのとして
桜花見上げゆく
親しかる若き友らに誘はれて八十五歳の鮮しき春
四月冷え生姜湯のみつつひるどきを費やし居たり人待たぬ日は
「ハピバスディー・・・」と蝋燭消して拍手受く誕生日なるこの主役びと
送り来たるばらの花束紅色の友が頬浮び友を抱きぬ
花束にうづもるわれのこの風情撮らるるまでの恥かしき笑み
朝光に並び待ち居る花々のこの小さきに赤きコトバを
越百山に遭難せしも時経ちて渓川の水ぬるむとき来し
絵てがみの金のうろこの鯉のぼり風に泳ぎてわが
庵にくる
赤・青の鯉は大きく口を開け答ふるわれは元気をもらふ
今日も又失態あればそのままに面白い事と決めてしまへり
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