2009年6月1日更新(37号)
日日のうた 鈴木 禮子
ひたすらに耐へて黙せる勝負師に天寵のごと虹たちあがる
ダッシュして
屋内をねこが馳けめぐる かはたれどきの祭りなるべし
墨染櫻寺、ひとを悼めばうすずみに花の咲きしと駒札のあり
くもり日の底光りする金閣寺、舎利塔なりと
説くを聞きゐつ
古きことは定かならずと人は言ひ推測はさらに推測を生む
二十四節気・七十二候と刻みつつ人の触れたる
天地の
角
北風は春の
数日を吹き荒れてそのあと四海駘蕩とせり
我や先、君が先かと思ふ日に訃報は胸を底ふかく刺す
ともだちの死すとふ電話 深閑と凝る地底の洞窟ぞここ
うつくしき花は告げをり栽培の秘伝のひとつ日陰には水仙
言ひ分をもちし花木のささやきの声いつしかに吾に聞ゆる
庭はいま木の芽時なりギラギラに葉芽のけぶらふ椿・山椒
庭植がすきよと告ぐる花のあり都忘れと白きひなぎく
次々とあらくさ競ふ春の陣、われ何時の日も敗軍の将
呼びたればもんどりうつて走り来ぬ猫のピノコがいちばん可愛いい
床に入れば極楽とんぼの顔をして猫も寝に就く春宵千金
英国の運河をわたる舟にして
三人の孫のこもごもに笑む
『昭和の日』に何を憶はむ先づは魔の原爆投下に
灼けしヒロシマ
七十五年草木も生えぬと聞かされつ焼跡にただ人焦げしあと
ひととせを経て色しろ
き蕺草の祈りのごときが
焼土に咲けり
一億が手を携へて耐えよといふ暑きまひるの敗戦の日に
なにゆゑに流るる泪 敗戦は自明のことと言ふひとありて
死にたるも生くるも地獄、米兵にしなだれてかの売春婦たち
日に二合の粥を僅かにすすりしのみ、法曹人の死も又うつつ
二千人の混血孤児を育て
上ぐサンダースホームの母、澤田さん
ジグザグデモ・シュプレヒコールの声たかく安保反対の群は渦巻く
樺美智子さん圧死のニュース捕虜たりし夫絶句せり安保騒動に
日本の高度経済成長期、働きつづけて夫死せりけり
「ながら族」の呼び名に自ら甘んじて削られてゆく命と知らず
〔月月火水木金金〕労働は美徳なりしよ夫の昭和は
▲上へ戻る