2015年3月1日更新(60号)
如月前後 鈴木 禮子
来春に咲かせむとする花の色 昨日決めかね今日また惑ふ
まなうらに思ひ描くは金蓮花、蟹のやうだと言ひしひとあり
子は宝こよなきものと返信す十四歳の写メールの笑み
顔ほどな誕生ケーキを前にして少年ややにひねたる気配
うら若き手に捊ありて構へたり 和太鼓の音いま底ごもる
いつよりか憧れて得し恍惚は虫捕り、描画、遂に和太鼓
十四の春を叩きつくせよ只管に音にのめりてししむら
迂曲る
人工の光創りし科学者が妻を【空気】と問はれて答ふ
ギリシャ神話の神にさも似し人間が新種の花と武器の創出
スピンするフィギュアの華に見惚れたる猫ゐて冬の光はのどか
襖絵は双虎の図にて寺宝とや かの堂守も如何にか在す
暗闇に文字書くことは自在なりうた
消ぬうちは脈あるうちは
歌痩せてこころ枯らびて身も細る 諦めるなよ生あるうちは
再びを覗く能はぬ
御嶽は噴火せりとぞ何の怒りぞ
火口湖はターコイズブルーの水湛へ初夏の光を返しをりしが
亡き夫が買い求めたる
金剛杖二本、光陰ながく彼我を隔てし
光の序章、それは絵であり音である予感をもちて身を揺らすもの
わが宿に六十年目の雪ふれり
吉事のごとく立つ雪だるま
花鉢の帽子
斜にかぶりたる雪だるま麻生
大臣に似し雪の像
植込みの
奥処に朱き実は見えて千両・万両鳥の賜びもの
お隣へ伸びすぎぬやう剪定の蠟梅の枝に密密と花
ずっぽりと雪を被れる花々に指触れてみるプリムラ・パンジー
思ひのままになるもの
愛し花に猫、天のめぐみの異形の友よ
耳たてて耳を回して聞いているピノコと呼べばわが膝に来る
腿長にい寝むとしつつ名を呼べば飛んでくるなりキジ猫ピノコ
大阪のいとはん直木賞とりて笑み転げたり飾ることなく
思ひ出すこと
多にして埒もなし着ぶくれて焼く餅は膨れて
「先生さま手紙書いて」と大家さん父に優しき
時世なりしか
おもむろに墨を擦りあげ
筆先噛む薄墨いろの父のくちびる
山茶花はひとしきり散り山茱萸の黄色き火花われは見むとす
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