2011年12月1日更新(47号)
雁の書 鈴木 禮子
こころ揺れて捉へし影を掬ひ上ぐ 縮め拡げてわが
短歌として
心眼で触れたる
短歌を追ひ込めば神無月なる底ぬけのそら
何もかも取り落したる秋真昼友もたづきも芽の出し鉢も
蘇生みたび次は無けむと雁信が貴女も無事でと末尾をむすぶ
神無月、神はしらねどかんなづき四季ある国の透きとほる椅子
若人の名のみ殖えゆく歌誌のあり歳をとりすぎたのだわたくし
平仮名の名前がならび未踏林、年号へいせいといふ新標記
鈴木れいこ、鈴木レイコと書きをれば〔すずき禮子〕はすつかり他人
眠くなき
臥所にて書く歌にして嗚呼暁闇の
三十一の文字
百近き義兄天寿を全うす
矢張りめでたきことの一つか
夢にして弔ひぶみの文言を練つてをりたり目覚めて更に
邃い秋に
包まれてさやか明後日は必ず据ゑむ銀のストーヴ
尾羽
破れしオンブバッタが大切の花の苗喰ふ行けと逐ひやる
ススキ苗の注文をする夜半すぎて荒れすさびたる真白穂すすき
本音ひとつ訊きたかりしをかたつむり
角収めたり殼の奥処へ
北杜夫、父が重荷でありしとや歌人茂吉のおもはざる穴
躁鬱の波に揉まれて書く
物語ひとのよろこぶ媚薬かこれは
偶然の死への渇望
後より弾倉ひらき狙撃兵くる(石原吉郎詩文集…三首)
夫の語るエラブカよりもなほ暗く石原吉郎のラーゲリの日日
手を伸ばし少し読みてはまた伏せるサマルカンドの
粘着く憎悪
駅前にいつも見上ぐる
一木の今日クスノキとやつと名を識る
手にとりて葉を見るなればギザギザ無し互ひ違ひに波うちならぶ
いくとせもこの樹
楠とは知らざりき標識なくばただの
大木
クスノキと知りたる日より尚いとし罅割れのある
灰色の幹も
いくそたび夢に出できて悩みしか囚はれゐたり
由無し
言に
昨日みし夢のつづきを今日も見つ負の遺産かと思へど苦く
難解歌読解法をよみたるに消えてしまつた短歌の香気
何の鳥か落しゆきたる千両あり黄の実は照りてうず高きまで
千両は黄なるつぶら実
掲げたり誰に語らむそのうすあかり
朱美をば食べつくしたる鳥たちの贈り物なれ黄色千両
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