2011年6月1日更新(45号)
修二会すぎて 鈴木 禮子
あはゆきは二月堂にも降りをらむ足踏みしつつ
退りゆく春
二月堂に
青衣の女人顕ちあがり「
何故にわが名を呼ばぬ」と遺す
ひとの念あるひは青きものならむ迷ひ出でしか
夜の勤行に
妄念は焼き祓ふもの苦しくば
修二会のよるに
松明を振れ
あをによし奈良の堂塔ほのぼのと鹿あそばせて木の
芽吹きあり
永遠と呼ぶときの間を柔らかし小さき羽虫はくるりと舞へる
ラフアェルにうすくれなゐの肌の色われに歯科医のももいろの頬
骨太に岡本太郎眼を据ゑて油彩の筆をぐいと引きたり
誇りかに〔千里万博〕を睥睨す
嚏をしたる『太陽の塔』
弥生十日寒さの底と聞くものか春雪みだれふる暮れつかた
さくらばな重たく咲けり震災の二万
数千の死者弔ふと
そのむかし
屍のそばに植ゑしといふさくら咲きをりその乱れ咲き
巨大津波猛りて町が消えてゆく誰の意思にて生き死にやある
残りたる時短きに誰ひとり帰り来ぬ日のかなた夕焼け
あの人もこの人もなし幻日となりゆくらしも生きてゆく日々
思い出の中なる海は寂として手を繋げるは死者ばかりなり
舐めてなめて牛と人との再会を泪に聞けり天災ののち
みづうみの西に位置せる台地にて『薄紅しだれ』乙女と紛ふ
自らの好みを
徹すこころざし湖国の
女は石楠花植ゑて
うすべにの
石楠花の花良しと言ひき目深に帽子かぶりてきみは
歩み得る最短距離を測りつつプラン立てしが当て外れなり
痛みくる腰かばひつつ屈みつつ嫗といふはのの字のかたち
人の目に触れぬ部屋にて安堵せり憐みの眼は辛くしあれば
腰と膝はおぼつかなくも未だ手は損じてをらずキーボード打つ
陽だまりのバス停にゐてバス待ちてやがてどっかり腰を据ゑたり
選択肢はただ一つなり余分なるもの捨て去れば穏しきものを
バラ咲きて猫が伸びする日永さに鼬も通る五月ばんざい
腹空かせ猫が擦り寄るかすかなる声挙げたれば
餌を盛りたり
共にながく暮すにネコも家族なり好みのエサを絶やさずわれは
待つててね、待つてゐるさと見詰めらる深き碧の猫の瞳に
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