2011年3月1日更新(44号)
窓のぬくもり 矢野 房子
傘ひらくしぐさ優しきひとに会ふ今日いちにちの眼福とせむ
重陽の
節会
にどうぞと電話あり京をぞんぶん持ちたる友ゆ
首すぢに窓のぬくもり受くる
時額
の中なる夫と目のあふ
ここが良し窓辺の椅子に落ちこぼれ、歌集『母系』をゆつくり開ける
年明くれば八十八歳迎ふるに私は何をしたらよいのか
家々の
多
に並びて西山のすがたもみえず灯のみ滲みて
山山の見えずなりしは何時よりか二階家ならび灯火ばかり
はるかなる西山失せて夕暮れの茜を浴ぶる楽しみも消ゆ
夕山のあかね見えざりわが老いのゆくへにも似て何が美し
やんはりと新酒あがりしと蔵人の声昂ぶりぬ
吉亊
に
染
みて
芹の根も一緒にいためる
男
の料理無性にいとしと何げなく言ふ
酒の話外でするなと
亡夫
の声頭より離れず語ればたのし
キリン草のわらふ出窓の朝なればかはいくならむ素直にならむ
血のたぎるつはものの
句集
一巻の重きを捲り読み終りたり
母さまへ思ひを寄する佳句・佳吟なみだ湧き出づ山野の彷徨
兵の日の句集はなべて母の身になぞらへてあり胸つまりくる
「水牛の角煮の美味し枯野かな」一句よみ終へ胸のやはらぐ
杳き日のますらを讃歌「匍匐のうた」身をひきしめて夜半の時間に
終戦後六十年は過ぎにしを消ゆることなし引揚げの日は
八紘一宇の大義破れて身に重く消えざりしかな帰国のかの日
戦勝の夢は破れて兵の吹くラッパのひびき細くかなしく
つはものの屍積み上ぐ公園に追悼ラッパの長くひびけり
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