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2010年12月1日更新(43号)

白昼夢    鈴木 禮子

そらみつ大和国原夏闌けて老いたるわれは立ち眩みたり
天平の甍かがよふ東大寺遥かに白き綿雲は添ふ
大仏殿の柱に穿つまろき穴われをさなくて潜りおほせし
奈良町の古りし祠と呼び慣れて庚申堂の青面金剛
庚申さんの身代り ( さる ) のかげは揺れ人は多幸にあらずよ今も
庚申猿とわれらがための奈良団扇あがなひて小さきトリップを了ふ
万葉歌 十余 ( とま ) りを箱にしのばせて奈良奥山のみどり濃き宿
施すすべ無しと言はれて言葉なき友を攫ふか夏の嵐は
人間の 一生 ( ひとよ ) といふは何ならむ無理につじつま合はせてまたも
夏日昏く訃報幾十コピーして鎮めをりしは無名の死なり
飾らぬは命なるべし老友の夏草のふみ汗にまみれて
身をこがす暑熱も失せぬひたすらに蝉の鳴きしは何時であつたか
囃し歌むねを擽るリズムなり  一、二、三、四 ( ひい、ふう、みい、よ ) おはじき滑る
数へうた、はた以呂波うた、ものは付け、はじめに心ときめきしもの
夜明けどき日にけにすさりゆく秋にわれはおもふもとほきちちはは
国産みの神話のロマンはるけしや父の語りの寝物語に
ちちのみの父の夜伽は『鍋島』の化け猫ばなし つづきはあした
眼をひらき ( ) ひめぐらする白昼夢手繰りゆくとき言葉ぞさやぐ
左手に言葉かきよせ記しゆくゆめかあらぬか夜更けてひとり
しらじらと明けて 一番鶏 ( いちばんどり ) の鳴く時すぎたれば記憶に残す
客人をもてなさむとてつぶす ( とり ) 七十年は前のおはなし
油照りの京都をめぐり足らひしと鈴の胸せるをみなご笑まふ
色の好み物のこのみも 亡母 ( はは ) に似て古巣は常に穏しきところ
手づくりの『鱧づくし』にてもてなせば思ひは透るあかりのごとく
なに知らねど実りしものを摘みとりてワープなしつつ帰りゆく子ら
熱波あびし日日去らしめて彼岸会や空を覆へる白さるすべり
わだつみに夏高気圧すさりゆき昨日けふともうすずみの空
城のあるところは良しとひと言ふに移りて住みき子らを育てつ
桃山の城の天守をみやりつつ指折ればまう 四十年 ( よそとせ ) を越ゆ
涼風のたちて秋分 葉の枯れしツクバネウツギに新芽の競ふ

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