2010年9月1日更新(42号)
沼地の熱気 月山 幽子
まよなかの磁場はあはあはねつを帯びほたるの匂ひのひかりを放つ
新しき服をきるとき青年はすこしよごれた感覚にきる
いくにんの異常にんげんひそませて道玄坂にかびの雨ふる
加圧されこころの腑にはたへがたく黒鍵ばかりの黄色の楽章
とさつ場へ豚はもくもくはこばるるひる月あはき都会への道
一円を拾ってかへる夕ぐれに国産レモン一〇個かひたり
こわれさうな平和の中にカレー粉をマトンにまぶしゆふぐれをまつ
廃院ののうぜんかづら鬼気やどし夏の中核はげしくあふる
ひまわりのひまわりとしてあるために夜も日輪しをるるなかれ
うみの日は山にのぼらむみはるかす雄叫びの海わがものとなり
気になるは虹といふ字の虫のへん蝗の大群虹わたりゆく
蜩のしづく涼しき杜をぬけかへるくになし虹の残像
蛇をくひすっぽんの血飲むやうな力にみちて虚無と対峙す
神さまに飼ひ殺さるるにんげんの貧しき極み戦争このむ
とがりたる鉛筆の書くモノローグ不在の蝉のひと声なけり
扇風機クーラー火を噴く火宅でも鉢の金魚はあくまでゆうが
したり顔する女子アナの尊大をゆるしてあげむ
地震
のあるゆゑ
二十五時つげる鴉の声ふたつ汚れた街に宙吊りのルナ
氷塊の北と南はきびしすぎ祈り育てむ回帰線上
とつぜんの異変のありてふかぶかと微量の毒の孵化のはじまり
レモンにて疵を洗へばもえあがる痛みの彼方の雷雲あかし
海しらぬ過去の少女と寺山修司ならんでみてる天上の紺
失ひし時をかえせと風のなか死者の犯せる罪あばきだす
緑陰に泡立つ夏の精霊のほろびかゆかむ神無月には
母と
息子
の距離とりがたし父の影たつすきまなし沼地の熱気
鳳仙花あをきカマキリ食まむとす甘くけだるく夏うれゆきて
ヘレ肉を買はず造花のひまはりをかかへて帰る嘘にまみれて
なげやりになれず虚無のゆりかごに睡りかゆかむこもれ陽のなか
水中花をうかべて
指
ひたしたりなまみの花の煩はしき日を
惜しげなく合歓はきられて燃やされて空のみとなる貧しき窓が
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