2010年6月1日更新(41号)
紅殻格子 矢野 房子
美代子さんの
在すが如く迎へられ町宿となりし敷居をまたぐ
太太と横たはる梁毅然とし天に居直り古きを保つ
板壁に場違ひの如き木戸のあり女中部屋なりしと聞きて見上げつ
梯子かけ女中さんらが入りたれば梯子外せし昔の話
冷え冷えと張り失ひて高き場に木戸ははだかる「開かずの部屋」に
町宿の麻の暖簾は揺れながら友が家なりし古き格子戸
桃山城に通ふ道辺の茶店とて栄えたりしと旧家の友は
天に在す母はここなる町宿に満足ありやと
息子は気遣ひぬ
麻暖簾ゆったり揺るる格子戸にあかり点きたり伏見・町宿
大正は遠くなりたり
桃山城につづく古道の
紅殻格子
狼のこゑ遠く聞く深夜床リズムはつづく夢の中まで
「棘の幹さんさんとあつていいんじゃない」この一言をあびてキリン草
左右に立つキリン草の赤と白咲けば目出度き証とはなる
『
乃非留土寸奈保亦茶盌波万和利遠利』家訓となして掛軸の文字
誕生日等しかりせば透きとほる証の生れて二人を繋ぐ
紙あらば切りたくなりてハサミ持つ手先ゆらして孫の満足
友の逝きリーチの絵皿遺りたりからし色の図次第に迫る
丹前を着て墨をするリーチの姿日本人より日本人なり
一番にリーチの絵皿見入るのみひとりの醍醐味益子の里に
良き陶はと問ふに気の良き老い人は肩の荷降ろして唯見るべしと
憲吉の最初の皿絵の竹林のちいさき月よ一筆の
魂
「恋人よ…」いきなり闇をつく熱唱の夜半ひとり身に美くし過ぎる
脳回転にぶくなりゆき脳パズルの赤き表紙の本気にいらぬ
みがかれしまんこの急須 ちひさきが夫の両手に円められゐる
使ふ程答へてくるると呟きてやをら急須に湯をそそぎゐつ
満古焼の何の変哲なき急須そこが愛しきそこが美し
寂しさが光るとふ間のつかみどころはっきり吾に見せてくれぬか
二つだけきざまずに置こう唐辛子あてもなければ小袋に入れる
わらび持つ少女の画像のんびりとみどりになれる稚くなれる
陽をあびて出窓の王様姫さまと呼ばれて
咲ふキリン草たち
▲上へ戻る