2008年3月1日更新(32号)
ちぎれ雲 鈴木 禮子
昨日見し雲に似つれど
然にあらずジリジリとゆく霜月の
刻
つぶら実のほかは溶暗にセットしてシャッター押せば深き秋なり
被写体に惑へるときは雲を撮る二度と見るなきかの千切れ雲
慰めに撮りて収めし雲の影手に触るるなきものの遥けさ
朱の色のひと刷毛残り玄冬の西空しんと
凝りてしづか
千葉の友は如何にいますや折節はゴルフに興じ、金柑を煮て
月山の幽霊ゆゑに姓
月山、名は幽子さんと呼ぶ友のあり
あの時は
何だったのかと月山幽子、異常噴火の歌作が止んだ
さて次にわれはと言へば歌心涸れがれなれど我執に徹す
睦みたる友の訃報に絶句せり俄かに脆きわが在りどころ
石畳つづける露地の奥深く君に逢ひしも
縁と云はむ
世界人口六十六億五千万えにしある人いくたりかある
甘きものと
鶏を好みてひたすらに励みし人も境界越えて
有り難う宮子さんとぞ囁けばきみは微かにほほゑむらむか2008・1・3、逝去
しうとめを葬りて君も失せしかば寺町二条旧跡となる
ワーキング・プアーと呼ばるる人らゐて狂ひそめたる若者の街
人のごとくわが肩先をたたきたりもの言はぬ猫の言ひ分ぞなに
良き景に囲まれをるも
短歌生れず{そこが難しきところ}と友は
発想の貧しき日よと民子がいふ歌
生れぬ日の無き筈はなく
年明けは
短歌を肴に集ひたれ愛しみをるは若しかして人?
とどのつまり、煮詰めて云へば、譬ふれば、伝へ切れざる靄のもやもや
華鬘草のころころの芽が土を割る 励まされつつあしたの庭に
おそろしきグリム童話のシンデレラ、意地悪ねえさん目をば喪ふ
狂れなりと人云ふならむ歌詠みの
性はかそけき狐火に似る
マキシム・ド・パリとしるせる小函なり内張り赤き中より金柑
何となくためらひ見する書体にて寒き山国の絵葉書が来る
先のこと、もう考へぬ年となり触れてゆくものみな軽きかな
長かりし昼寝のタタリ、タタリとは細く垂れゐて
夜を眠らせず
離合集散つねなる街のビルの角 風が寒いと誰かが言った
花と猫、人ならぬものに囲まれて傘寿過ぐれば惑ひの歳か
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