2001年6月1日更新(5号)
方位磁石 鈴木 禮子
しめった
短歌は嫌いと語る幽子さんされば砂漠の蠍の歌を
幽子さんオカルトが好き折ふしを黒きマントに身を隠し消ゆ
五首の歌を定刻便で送り来ぬ血糊の下にシャネルが匂ふ
寒つのる朝焼けの庭ぽんぽんに毛を膨らませ白猫がゐる
方位磁石てのひらに載せ三叉路にわが行く末も占ひゐたり
昨日の桜
身じろげば猫も動けり
夜衾をかぶりし闇は深くありける
人間が戸を開け呉るると疑はずニャアとひと声鳴きゐて猫め
これ以上
生望まぬと口癖の母が幕切れは六十の夏
歌詠めばゆるき波型に流れたり競り上がる景われは待てるに
盛衰もまた活力のなせるわざせめて咲かさむ昨日のさくら
市場通り
愛憐の夢わすれたる夕まぐれ孫のくれたるベチョベチョのキス
「結局 寒かった」「結局」三歳の子は新しき語彙にきらめく
痛まざること評価の全てにて歯医者の椅子に貼り付きゐたり
子育てがべてでありし日は暮れて寒く歩むか市場通りを
幽子さんから音づれあらず鬱々と何並べ居む
夜の厨に
未知の領域
サキサキと春のサラダを噛みてをり水吸い上げる茎のさやけさ
酢のかてるドレッシングを振りかける身の締まりゆく心覚えに
とりどりの花競ひ咲く四月尽やや汗ばみて春にも疲る
手紙の裾に「再見」の文字置かれありさしづめそれまで生きよと如く
未知の領域わたりゆきける先達の歌書披きたり『風は翩翻』
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