2000年6月1日更新(創刊号)
花冷え 鈴木 禮子
死者は死者交霊もすでに叶はねば春寒しるき巷とおもふ
自らを誑かしつつ生くる
術絶えむとしつつある日夕映え
春寒の道のはたてに櫻みえネコ見え鳩の餌をさがす見ゆ
思慕ひとつ忘れて遠く来たりしを寂しめばただ真白きさくら
「いい天気ネ」
襁褓はづれぬ孫がいふ桜咲く日のママゴト遊び
うばぐるま
夏の果に吉野の山をくだりゆく あれは幻ゆふがほのはな
顕ちあがる白きゆふがほ
裡深く育てしものを小夜更けて萎ゆ
五日目に咲き
畢はりたるリラのはな緑の波がたちまち
鎖す
いづへにか刺客が走り
天が下の陽は燦としてかくるる場なし
幌のある乳母車には児が眠り楠匂ひたり昭和のまひる
やまばうし
若者は陽の匂ひして翳りなし死を
永久に知らぬ面持ち
仏像に
見ゆるときは冬がよし
人気少なき日没の前
ほつほつと我がやまばうし咲き出でぬ白といへどもさりげなき白
充たされぬ心を持ちて躙り寄る「愛」賜へかし愛染明王
錯 覚
いつまでも今日があしたに続きゆく錯覚の中の
一日を
蔵ふ
芥子として開く花あり人として憂愁の中の夕焼けを追ふ
美しきことは良き哉薔薇の花かず限りなくそよぎ出したり
放映の「夕焼け段々」朱に染みて源郷のなかの微かな痛み
道に迷ふ夢を見たりき何のゆゑと問ふとも不明ゆめの糸ぐち
便 り
二世薔薇原種に還り誇らかに咲けり真紅の露けき色に
パトカーのサイレン鳴りぬ瀕死の夫を先導としてひた走りたれ
爽やかに春のうららと歌えざり春雷の中に死者顕ちきたる
烏瓜の蔓するすると延び出でて当然のごとく幹に巻き付く
「惚けたる妻を見舞ふてくださるな」辛き便りは慎みて受く
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